森と里のつながるマルシェ

土に根ざした暮らしを見つめ直すオーガニックマルシェです(開催場所:栃木県茂木町)

【森里インタビュー】マルシェ・茂木の里山文化・地元の人の融合を -多様性をマルシェに-【2022冬編⑦後編】

森里インタビュー企画2022冬編第7弾後編。
前編に引き続き、自然栽培・有機栽培の自然食品の宅配、飲食店への卸売りやイベント出店を展開している「ナチュラルフード森の扉」の野原典彦(のりひこ)さんのご紹介です!
今回の後編では、私たちも知らなかった森里マルシェ始まりの秘話や、野原さんがこの森里マルシェのかける想い、そして森里マルシェのコンセプトについて執筆いたしました!
また、この記事の最後には野原さんが出品されるお品物についてのご紹介もありますので、是非お見逃しなく!それでは後編いってみましょう!
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森と里のつながるマルシェ始まりのきっかけ

茂木に移住してきた野原さんは、2,3年活動していくうちにおよそ15人もの有機・自然栽培の農家さんと出会います。当時、茂木町は有機・自然栽培農家が多い地域でしたが、地元の人はそのことを知りませんでした。町内の人が知らないなら、町外の人が知っているわけがない。
「茂木からオーガニックを発信したいよね」
有機栽培・自然栽培の進んだこの茂木からオーガニックを発信していきたい、そう野原さんは周りの農家さんと話していました。しかし、農家と八百屋が一緒になってもマルシェはパッとしない。そう考えた野原さんは、これまで出会った茂木の多種多様な人々、例えばお菓子を作っている方や田んぼを開墾する公務員、作家さんなど総勢25人を巻き込んで、オーガニックマルシェを開催したいと、みんなを集めてプレゼンを行います。そこで共感してくれた約20人で、森と里のつながるマルシェが展開されていくことになります。

森と里のつながるマルシェのコンセプト

メンバーが20人ほど集まり、いざマルシェをしましょう!となったけれど、みんなそれぞれ向いている方向、目指す形が違いました。多種多様な方々が集まっているから、それは必然です。そこで、どれだけ時間がかかってもいいから、みんなひとりひとりが思う形、大事にしたいことプレゼンする場を設けました。毎回発表者を決めて集まり、メンバー全員が共有する思いを探り、半年間という長い時間をかけてコンセプトが完成しました。
そのコンセプトがこちら

『自然豊かな茂木町。広葉樹広がる里山では、たくさんのいきもの達が命を繋いでいます。そこには昔から受け継がれてきた文化や暮らしがあります。変わりゆく世の中にあって、変わらずにある”本当に大切なもの”は何か?この「森と里のつながるマルシェ」は、森と農と人が繋がり、心も体も喜ぶ食や文化をみんなで守り分かち合いながら、周囲の人々や次世代に繋いでいく明るく楽しい交流の場です。この豊かな里山に寄り添う営みを「森と里のつながるマルシェ」を通して発信していきます。』
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このコンセプトがある限り、この先どんな想いを持っている人が来ても、どんな人との絡み合いがあったとしても、きっとブレた方向に進むことはない。
野原さんは私たちに「初心に帰って、このコンセプトをこの先繋いでいってほしい」とおっしゃいます。

八雲神社が開催場所になったわけ

初めは茂木らしく自然を発信するために、キャンプ場のような場所でマルシェを開催しようと考えていました。そんな中、茂木駅の真ん中にある「まんなカフェ」という町が経営するカフェを管理していた方から野原さんは悲しいお話を聞かされます。
当時、SLに乗ってくる人が茂木で降り、SLの帰りまでの2時間、茂木駅周辺に何かあるわけではなかったので、まんなカフェでコーヒー1杯飲んで、ただぼーっと2時間過ごして帰るという流れがありました。そんな中、あるお客さんが帰りの間際に
「茂木町ってなんもないね」と一言。さらには「もう二度とこない」と辛辣な言葉を残して帰っていったという出来事がありました。
それを言われた管理の方は、自分が生まれ育った茂木をこんなふうに言われて悔しかったと、野原さんの目の前で号泣してしまったと言います。
この出来事から野原さんは、茂木にSLでくる人もいるなら、そういった人も来られるような茂木駅に近い八雲神社の境内でマルシェを開催しようと考えます。そうして八雲神社にプレゼンを行い、神社の境内で開催されることが決定しました。

大成功の第1回マルシェ 思わぬ電話

野原さんが初めてプレゼンをしてから1年、コンセプトが決定し、開催場所も決まり、さあ初の森里マルシェが開催!およそ600もの人が来場し、大賑わいを見せました。野原さんは「1年かけて良かった」と感極まりました。
するとここで一本の電話が来ます。電話の主は地元のおじいさんでした。おじいさんは
「今日地元の人何人来たんだ?」と野原さんに問います。野原さんは地元の方結構来たと思いますよと答えると、おじいさんは
「いや、俺の知っている限り3人しかいなかった」と言いました。その後はおじいさんの自己PRが延々と続き、おじいさんが何を言いたいのかわからず困っていた野原さん。
しかし最後に、「遊びでやってもらっちゃ困る」と野原さんに一言放ちます。
その一言で野原さんの頭に血が昇りました。決して遊びでなんかやっていない。そう話す野原さんにおじいさんは
「周りの人間は冷ややかな目で見てるぞ」と言いました。
この発言から野原さんは、自分たちはよそ者。いかにして地元と融合するかが大切である
おじいさんが伝えたかったことはこれだと感じ、直接お話を聞きにいくことを決意します。そのおじいさんは昭和20年代から自然食を実践し、お子さんにも玄米を持たせ、ご自身でも無農薬のお米を作っていた経験がある方でした。
おじいさんは自然食を取り入れていることに関して自身がこれまで冷ややかな目で見られてきた経験を話し、その上で
「あんたらのやっていることは素晴らしいことだけども、地元の人は冷ややかな目で見ている。心置きなくやっていけるようにしなさい。」と。このおじいさんは先駆者で、自分にご指導してくださっているんだと野原さんは思いました。
そこで地元との人との融合に、茂木に根付いた里山文化を大事にしていこうと考えた野原さんは、おじいさんにわらじを編んで第2回のマルシェに参加してもらうよう打診しました。

*そのおじいさん(大町さん)に関する記事(2015/5/29)はこちらから!
morimaru2014.hatenablog.com

マルシェ・茂木の里山文化・地元の人の融合を

『マルシェっていうのは、オーガニック農産物を売る場所じゃなくて、有機的なつながりの場としてマルシェを捉えている。』
別に野菜だけで勝負する必要はない。例えばナチュラルなオーガニックコットンや螢籠などをマルシェに出品し、マルシェと地元と文化との融合を試みる。
野原さんは茂木の里山文化を大切にすることで地元の人と繋がり、そのつながりで生まれた文化的な産物をこのマルシェに取り入れることで、地域理解を得て、人と人との有機的なつながりを作り出しています。

多様性ををマルシェに

先ほど野原さんが言っていたように、マルシェはオーガニック農産物を売る場所ではなく、人と人とが有機的につながる場所です。オーガニック野菜だけでなく、わらじや螢籠といった文化的なもの、さらには自然素材からできた手作りのものなどを誰でも出品できるようにし、多様性を大事にすることで、色んな人との有機的なつながりがそこに育まれ、文化が伝承され、地域循環が生まれる。「多様性」を大事にしていきたいと野原さんは言います。
また、野原さんはマルシェの出店者の多様性も大事にしています。
出店者を全員茂木の人にしてしまうと、地域色100%の自己満マルシェになってしまう。そうならないために、出店者の半分は茂木の人にし、もう半分は東西南北の出店者を呼ぶことを野原さんは特に大切にしています。これをやらないなら絶対にマルシェはやらないというほど断固たる意志がそこにはあります。他の地域の出店者を呼ぶことで、このマルシェの活動が他の地域に拡散されていく。野原さんが出店者の多様性を大切にするのにはこういった想いがあります。
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商品紹介!

最後に、野原さんが今回出品される全3品のお品物をご紹介させていただきます!

・日本晴・醤油麹プレーン
森の扉スタッフが蛍乱の舞する茂木町の早坂の棚田で育てた、自然栽培のお米「日本晴」(玄米)を使用した醤油麹です。日本晴は発酵食品との相性が抜群!製造は田んぼ仲間の「食や」さんに依頼しました。大正、昭和、平成にわたって味噌蔵に住み着いている麹菌を採取し、自然のプロセスを経た米麹 ・化学物質で汚染されていない井戸水 ・自然の力で2年かけて熟成した醤油。これらを使用した、国内でも唯一無二の醤油麹です。発酵食品との相性抜群の日本晴と天然麹菌のハーモニーを是非ともお試し下さい。
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・さつまスティック(塩味
栽培期間中、農薬も肥料も施さずに育てられた自然栽培のさつまいもを使用した、塩味のさつまいもスティックです。砂糖を使わず、塩をふりかけ、さつまいも本来の甘さを引き出しました。添加物を一切使用していないヘルシーなおやつです。
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・煎り落花生
 培期間中、農薬も肥料も施さずに育てられた自然栽培の落花生(千葉半立)を使用した、煎り落花生です。自然栽培ならではの、すっきりとした甘さと香ばしさのハーモニーをお楽しみください。
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森と里のつながるマルシェ誕生秘話いかがでしたでしょうか??
どんな経緯で、どんな想いがあって森と里のつながるマルシェが発足したのか、まさに原点と言えるお話をお聞きすることができましたね。私、去年の10月から関わらせていただいているこの森と里のつながるマルシェですが、お恥ずかしながら野原さんにお話を伺うまでこのコンセプトを知りませんでした。
現在、コロナウイルスの影響で本来の対面でのマルシェは開催できておらず、また、出品者はみなさん茂木の方という現状があります。今後は野原さんの大事にしている「多様性」をこのマルシェにも取り入れ、この活動、そして人の輪を拡げていきたいと思います!
そして、初心を忘れず、発足立ち上げの想いとこのコンセプトを私たちが引き継ぎ、次の世代へとつなげていきます(構成:林)

*森と里のつながるマルシェ発足当初の想いを綴った野原さんのブログ(2014/5/27)はこちらから!
morimaru2014.hatenablog.com

森と里のつながるマルシェ4回目の時の野原さんのブログ(2015/10/17)はこちらから!
morimaru2014.hatenablog.com


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【森里インタビュー】田舎で八百屋に~美味しい・楽しい・嬉しい!!を間口に~【2022冬編⑦前編】

森里インタビュー企画2022冬編第7弾。
今回は自然栽培・有機栽培の自然食品の宅配、飲食店のへの卸売りやイベント出店を展開している「ナチュラルフード森の扉」の野原典彦(のりひこ)さんにお話を伺いました。野原さんは里山文化に触れるワークショップなどの企画・運営も行なっています。今回は前編と後編に分けてお送りします!
 森と里のつながるマルシェのキーパーソンとなる野原さん。現在に至るまでにはどんな過去・思いがあったのでしょうか。野原さんの心の扉を開けてみましょう。ちゃんとノックを3回して、お伺いを立ててから、スタートです!!

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野原典彦さん(のはら のりひこさん)
心理学との出会い

野原さんは栃木県真岡市のお生まれ。関東平野の中の田んぼがたくさんの地域で育ちました。小さい頃は近所のお百姓さんが農業で大変な思いをしているのを見ながら育ったため、自分は農業なんてやりたくないと思っていたそうです。大学は人文学部人間関係学科に進学し、社会学・教育学・心理学を学びました。そこで学んだ大衆心理のメカニズムが今でも参考になっているといいます。大学卒業後は金融関係の仕事に就職。人文学と金融という一見関係のなさそうな分野ですが、市場は大衆心理が動かしている世界なため、大学で学んだ心理学が諸に活かされました。市場の傾向をグラフにして分析し、溢れかえっている情報を掻き分け読み取り、40歳まで情報合戦の世界で鍛えられました。野原さんが新卒の時代はちょうどバブルの時期。周りの大半の人が内定した銀行を進める中、「誰もやっていないことをやりたい。みんなの逆を突きたい。」という天野邪気精神もあり、金融の世界に飛び込みました。野原さんの穏やかな表情からは想像できない意外な一面が見えてきましたね。

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穏やかな表情の野原さん
食べ物でこんなに違うんだ

野原さんは30歳の時に独立。上場企業の一室を借りて朝から晩まで分析する日々が続きました。長時間数字の計算をしているため、とにかく甘い物が欲しくなり、当時は甘い缶コーヒーを1日で3~4本飲む癖がついたそうです。そんな多忙な日々を送る30歳半ば頃、いつのまにか背中が痛むようになり、眠れなくなるほどの痛みを抱えるようになりました。どの病院に行っても異常なしと診断され、精密検査をしても異常なし。痛みはあるのに原因が突き止められなかったそうです。そこで、自分でその痛みの原因を調べていくうちに、自然食や玄米食で身体を治していく奨励を目にし、「これだ!」と思い実践しました。お昼も事務所で玄米おにぎりを食べる。すると、半年も経たないうちに中の痛みが解消されたそうです。「食べ物でこんなに違うんだ。」と実感し、その頃から自然食品を摂るようになり、遺伝子組換えや日本の農業・社会の構造まで、どんどん興味を持ち始めました。

田舎に住んでオーガニックの八百屋になろう

農業に関心が広がり、野原さんは「日本の農地を守りたい。中山間地域で頑張っている有機農家さんを支援したい。特に“タネ”を、中山間地域の在来種を守っていきたい」と思うようになりました。福島県天栄村(てんえいむら)の有機農家さんと知り合い、当時住んでいた神奈川県と福島県を行き来する生活が始まります。2009年に脱サラして約2年間、生産者グループを訪ね歩き、ネットワークを構築しました。そんな矢先に3.11東日本大震災が発生。原発放射能汚染への懸念から、食への不安があった福島の知り合いの方が、安全な九州の作物が欲しいと野原さんに依頼をしてきました。野原さんはその依頼を受け、その方に九州産の作物を届ける仲介役を担うようになりました。その経験をきっかけに野原さんは卸売業を始めます。そして、茂木町の農家さんから「古民家を見に来なよ」お誘いをいただいたことで「田舎に住んでオーガニックの八百屋になっちゃおう」と決心し、2011年に茂木町に移住し10年間活動を続けています。本来であれば、人口の少ない田舎でオーガニック作物の卸売りを行なうのは利益が出にくいため、避けるそうです。しかし、野原さんは茂木町を選び、八百屋を始めます。色んな方とのご縁で茂木町に巡り会ったんですね。
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シェアする農業・自産自消

野原さんが行なっている取り組みの一つに “シェアする農業”という取り組みがあります。茂木町・益子町足尾町の3カ所の休耕地や耕作放棄地を利用して、各地域の在来作物をメンバーの皆で栽培する農業です。栽培に関しては指導者や農家さんは付けずに自分達だけで研究しながら栽培を行なっています。そこでは、収穫して皆で分けて終わりではなく、収穫して6次化まで行ない、自産自消しているのがポイントです。メンバーの皆さんは自分達で栽培した安全な食品を購入でき、定価より安い卸売価格で購入できる仕組みになっています。野原さんは、生産性の低い里山で、生産性を持たせるような仕組みづくりができないか考え続けています。

茂木町小深(おぶか)地区では、ササニシキや日本晴れなどのアミロペクチンの少ないお米、小深在来の大豆、古代小麦を栽培しています。益子町では“たねまきびと”というグループで、戦前から続いている「花魁(おいらん)」という品種のさつまいもを栽培。さつまいもの断面がお花模様に見える品種です。足尾町では「唐風呂(からぶろ)ダイコン」という絶滅寸前の品種を栽培。鮮やかなピンク色が特徴の在来種です。足尾町足尾銅山があった場所でもともと農家が少なく、現在唐風呂ダイコンを栽培しているのは2名程度だそうです。不思議なことに唐風呂ダイコンを宇都宮市や益子町で育てると、年々ダイコンのピンク色が薄れていってしまいます。足尾町の唐風呂地区の環境でないと鮮やかなピンク色にならないそうです。そんな希少なタネを野原さん達が守り、つないでいきます。
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棚田で収穫したお米でお餅つきを企画

美味しい・楽しい・嬉しい!!を間口に

農業にはグローバルな流れとローカルな流れの、2つの流れがあるといいます。野原さんが行なっていることはローカルな流れ。グローバルとローカルは対極的に見えますが、壁を作るのではなく、協働して融合していくことが大切であると野原さんは考えています。誰でも、どんな立場の人でも、美味しい物は食べたいし健康にはなりたいはずです。グローバル:ローカルと壁を作るのではなく、隔たりを無くし両者が∞(八の字)のように循環していくようなつながりを作ることが、野原さんが八百屋としてできることではないかと考えています。
オーガニックについて、たくさんの人に興味を持ってもらえるように“美味しい・楽しい・嬉しい”を間口に発信し、そこから農業や環境問題にも目を向けてくれる人が増えるといいなと仰っています。宇都宮市で新しくマルシェを始めた際は、開始から1年半は赤字でした。しかし、続けていくうちにお客さんがマルシェを楽しみに待ってくださるようになりました。出店していた場所の目の前のラーメン屋さんが野原さんからオーガニックの醤油を買い使ってみたら、「ラーメンの味が激変して美味しくなった」と継続して使って頂けるようになったり、気の毒そうに思ったのかたまたま野菜を買ってくれた方が、「食べてみたら美味しかったから」とその日の午後にまた買いに来てくれたりと、マルシェを続けていくうちにいろんな化学変化が起こり、口コミでだんだんオーガニックが広がっていきました。グローバルとローカルの融合、オーガニックを知らない人とオーガニックの世界をつなげる役割を今後どのように担っていけるか。野原さんは企業と連携するなどの新しい挑戦をしながら、八百屋としていろんなひと・もの・ことをつなげています

冒頭で「森と里のつながるマルシェのキーパーソンとなる野原さん」と紹介しましたが、まだ紹介できていませんでしたね。野原さんと森里マルシェとの関係は後編でお伝えします。ではまた、後編で👋
(構成:西山ゼミ3年 鈴木)

実は私と林くん、大学1年生の頃に野原さんが企画・運営したマルシェや太白芋の干し芋づくりワークショップに参加していたんです。普段の生活では体験できないことを1年生で経験させていただき、楽しく・美味しく、農業や里山文化に触れることができました。3年生となった今では、まだまだ知識不足ですが持続可能な農業について真剣に考えています。私達も野原さんに、農・食・里山文化の扉に導いていただいたんですかね。これからドアをたたき、力強く扉を開けるのは、私達個人個人。精一杯頑張っていきます!!

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大学1年生で参加した干し芋づくりワークショップ (左から林・鈴木・一緒に参加した友人)

(写真:西山ゼミ山田・鈴木、ナチュラルフード森の扉HP)
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【森里インタビュー】食べ物が育てられる里山の環境と知恵を次の世代につなぐ -足るを知り、自然に沿った生き方を-【2022冬編⑥後編】

森里インタビュー企画2022冬編第6弾後編。
今回後編となる月nocoさんへのインタビュー記事では、「月noco誕生から今に至るまで、月nocoの名前の由来、そして更なる今後の展望」について執筆させていただきました!
「月」と「noco」に込められた想い、おふたりが大切にしている考え方、そして最後には今回月nocoさんが出品されるお品物についても執筆しておりますので、ぜひ最後までご覧ください!それではどうぞ!

茂木への移住のきっかけ

「自然の多い所で、農業や料理を通して人が集まれる場所を作りたい」と思い描いていたおふたり。2017年の秋頃、いい場所を探していた時、ご縁があって森里マルシェに当時暮らしていた福島県から参加し、その際、当時実行委員だった野原さんや先日インタビューを行った松原さんに出会いました。栃木にも東京にも割と近い茂木という立地の良い場所で、しかも茂木の方々も、移住者の方々もみんなの雰囲気がすごく良くて、栃木だったら茂木が良いなと思うようになりました。
移住先の空き家は親切に野原さんが一緒に探してくださったそうで、何軒か周った中で、周りの雰囲気や環境、そして古民家であること、さらにはもともと宿屋とパン屋さんをやりたいと思っていたこともあって、間取り的にも広さ的にも民泊ができる、竈門も薪風呂もあって台所からは山の水も出るということが決め手となり、「ここしかない」と今の家に移住することを決めました。
移住してきたのは2018年。2017年秋のマルシェに参加したことがきっかけで、茂木に移住したいと思い、それを周りの方々に話していたらとんとん拍子に移住することが決まったそうです。そうして今に至ります。

『月noco』名前の由来

こうしてオープンした「雑穀農家のパンと宿 月noco」ですが、この「月noco」という名前にはどんな意味があるのか?何に由来しているのか?みなさんも気になる所だと思います!
実はこの「月noco」は「月」を佳弘さん、「noco」を紀子さんが、ふたりが各々思いを込めて選んだ言葉を組み合わされた名前なんです!
では「月」と「noco」それぞれにどんな想いが込められているのか、聞いていきましょう!

○『月』

人の価値観や人が決めたこの経済のルールや社会に対し、違和感を持っていた佳弘さん。
『例えば福祉施設とかで、めちゃめちゃいい面はあるんだけど、プラスチックでお人形とか細工したものを作って、販売してそこでお金が生まれる、お金が得られる訳でしょ?みんな幸せなんだけど、ただ単に石油からプラスチックの材料が動いただけでお金が得られて、でそのお金が得られるという中で、結局は環境破壊にしかなっていないというような部分があって、なんかそういうのを考えだすと、仕事ってなんなんだろうって思っちゃう時があって…。その時にたまたま農業に興味持つようになって、人間の価値観じゃない月のリズムというか、動物とかはすごい感じてるんですけど、「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」という日本の二十四節気の言葉があるように、にわとりは人間が感じていないような日の長さとかを感じて、冬の間寒くて卵を産まない時期があって、自然のリズムで日が長くなってきたら卵を産むようになるタイミングがあって…。そういうのを初めて知った時に、本来の生き物として、もっと地球のリズムというか、自然のリズムに価値観を寄せていきたいなと思ったんですよね。だめだ、うまく説明できない(苦笑)』(大丈夫、伝わってます👍)

「月」という言葉には、
「人間が作り出した価値観やルールに縛られることなく、本来の地球上の生き物として、自分の価値観や生活を自然に寄り沿ったものにしたい」
という佳弘さんの想いが込められています。

○『noco』

紀子さんは「ウォールアートプロジェクト」というインドのワルリ族という先住民族の暮らす田舎町の小学校の壁にアートをするプロジェクトに参加した経験があり、そのプロジェクトと一緒に実施されていた「nocoプロジェクト」という活動の名前からnocoを引用しました。
「noco」はインドの人の言葉で「もう十分、ストップ」という意味があり、ご飯などを勧められた時に「大丈夫です」という意味で使うそうです。

その言葉の意味から「noco」という言葉には
「足るを知る生活をしたい」
という紀子さんの想いが込められています。

『足るを知り、自然に沿った生き方を』
「自然の流れに沿って、本来の生物として自然とともに生き、何事も求めすぎることなく、今あるもので生きていく」
このような想いが「月noco」の名前に込められていたんですね!

食べ物を育てられる里山の環境と知恵を次の世代につなぐ

「食べ物を育てられる里山の環境と、食べ物を育てられる知恵を次の世代につなぐ」
これは月nocoの経営理念です。
この経営理念には、「みんなに食べ物を安心して得られる社会・環境をつくり、次の世代が困らないようにしたい」という想いがあります。
パン屋と宿屋と農業体験を通して、里山の魅力を発信して食べ物を育てる文化を、生業を通して伝えていきたいと言います。そしてそれが次の世代の平和につながるようにと。

頑張りすぎないように

『オーガニックとかヴィーガンとか、頑張りすぎて理想ばかり高くなってしまうと、よくない。例えば、たまに家族で疲れたねって時はチェーンのラーメン屋さんに行って、いわゆるオーガニックじゃないものを食べたりして、息抜きはしっかりとして、偏りすぎない。頭でっかちになると大変だから。いい勉強会やセミナーを企画した時は、「毒を入れなきゃ」という感じで…(笑)。
「頑張り過ぎないように、たまにはいいよね〜」って感じで、アイスとかラーメンとか食べて息抜きを大事にしています。』

オーガニックやローカルなものは大事にしている。人に提供するときはちゃんとそこは徹底するけれど、「自分たちもそうでなくてはいけない」とがんじがらめになる必要は決してなく、たまには手を抜いて、大変になりすぎないように息抜きをすることを大事にしているとおっしゃいます。

これからの目標と展望

『今は育児や経営で精一杯で心の余裕がないけれど、これからもここ(茂木の里山)でしかできないことを楽しみたい。来年からは子どもが保育園に毎日通うことになるので、送り迎えはきっと大変で、余裕ができるかどうかはわからないけれど、それでもその環境でできることを一緒に楽しんでいきたい。
『目の前に自分のしたいこと、今の自分にできることが現れてくると思うから、それを掴んで、無理なくマイペースでゆっくり楽しめるようにしたい。』
決して背伸びをせず、目の前にあることに目を向けて楽しもうという姿勢、「ないものねだり」ではなく、今あるものを最大限楽しもうとする姿勢、とても素敵ですね。
きっと今、自分の目の前にあるものに価値を見出し、それを楽しもうとする姿勢でいるからこそ、「幸せ」を感じられるのかもしれませんね。(つい熱くなってしまいました…アチアチ)

また、今年から地域の中川小学校でお米づくり(田植え、稲刈り、脱穀)を始めたので、地域の子供たちとのお米づくりを頑張りたい、ともおっしゃっていました。
『今後は仕事と宿屋と農業体験で、しっかり食べていけるように、情報発信できるようにして、次に茂木に移住してくる人に向けて、仕事のアドバイスができるくらいまで、経営面もしっかりしていきたい。』
今後は自分が移住してきた人を支える側になり、地域を支えられる存在になれるようにと、今後の目標を熱心に語っていました。

身体にも環境にもやさしい月nocoさんのお品物紹介

最後に、このような想いで月nocoを経営されている佳弘さん紀子さんが今回のオンラインマルシェで出品するお品物をご紹介します!

①オリジナルシュトーレン  1個(10cm×20cm)1000円

栃⽊県産有機⼩⻨とオーガニックココア、オーガニックココナッツオイルを⽤いた、森⾥マルシェオリジナルのシュトーレンです!卵や乳製品不使用。ラム酒漬けのレーズン入りの、大人が楽しめるシュトーレンです。

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オリジナルシュトーレン

有機玄米せんべい 各1袋(10枚入り)
プレーン510円/雑穀あわ入り530円

茂木町の棚田で有機無農薬・天日干しで育てたお米(イセヒカリ)と国産大豆の醤油を用いた、昔ながらのおせんべいです。プレーンと雑穀のあわ入りの2種類からお選びいただけます。

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有機玄米せんべい

以上の2品が今回月nocoさんから出品されます!
佳弘さんと紀子さんがたくさん時間をかけ、愛情を込めて育てた、身体にも環境にもやさしい素材から作られるこだわりのお菓子です!
ぜひご自身の心と体全体で、佳弘さんと紀子さんの想いを感じていただけたらなと思います^^

あとがき

最後までご覧いただき、有難うございました!全3編にわたってお送りしてきた月nocoさんのインタビュー記事いかがでしたでしょうか??
このインタビュー記事を通して、ここまで読んでくださったみなさんに佳弘さんと紀子さんの人柄や想いが少しでも伝わって、おふたりのことを知るきっかけになってくれたら嬉しいなって思います!最後に私の独り言をちょびっと。

「足るを知る」を意識することで、今自分の目の前にあるものの大切さに気づくことができる。
そして、自分が持っているものに自分なりの価値を見出すことで、自分以外の誰かやモノの豊かさなどでは決して埋めることのできない心の奥底が満たされて、心の底から「満足感」や「幸せ」を感じることができる。
さらには自分の心を自分自身で満たすことができるようになったら、溢れた幸せを周りの人にお裾分けすることができる。幸せの好循環が生まれるね✌︎
「ないものねだり」じゃなくて「今あるものに価値を見出す」ことこそ「心のゆとり・豊かさ」を育むことにつながる。すべては「足るを知る」の考えにつながるのかな??

私も自然に寄り添った生き方をして、仙台のおじさんのように、自分がどんなに辛い状況だったとしても、周りのひとに「食」と「温かい心遣い」を与えることができる心のゆとりがある人になりたいな。
『足るを知り、自然に沿った生き方』私も目指していこうかな。
でも頑張りすぎちゃいかんね。たまには息抜きもしようね^^(構成:西山ゼミ3年 林)

写真:西山ゼミ4年山田

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【森里インタビュー】食べ物が育てられる里山の環境と知恵を次の世代につなぐ -足るを知り、自然に沿った生き方を-【2022冬編⑥中編】

森里インタビュー企画2022冬編第6弾中編。
今回中編となる月nocoさんのインタビュー記事は「君島紀子(きみじまのりこ)さん」についてです!
前回の佳弘さんの記事と同様に、今回は紀子さんの記憶を幼少期まで遡り、幼少期の性格や今の活動をするきっかけ、過去の思い出深いエピソードなどから、紀子さんの過去と今をつなぐインタビューと記事となっております!
この記事を通して、少しでも紀子さんのことを知っていただければなと思います!
では早速、幼少期の紀子さんから覗いていきましょう〜👀

<中編>

人見知りの殻を破ろうと奮闘した幼少期の紀子さん
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君島紀子(きみじまのりこ)さん

東京都練馬区出身の紀子さん。東京といっても比較的田舎だった練馬で、小学校の頃は近くの公園で友達とザリガニ釣りをしたり、家の塀を登ったりして遊んでいたと言います。(よくおばあちゃんに塀を登って怒られたとか…笑)
佳弘さんの幼少期と対照的ですごくアクティブな紀子さん。
中学生の時には、人見知りだった自分の性格・殻を破るべく、自転車で全国を放浪する小学生「自転車少年」に憧れて、友達と、もしくは1人で、自転車でかなり遠くの方まで漕いで行った経験が何度もあるそうです。
学校ではあまり目立たない生徒だったそうで、先生からは「そういう一面もあるのね」と言われたそうです(苦笑)。でもあんまり目立ちたくはなかったとか…。(複雑!笑)

子供の頃の夢

そんな紀子さんの子供の頃の夢はパン屋さんでした。お母さんがパンを焼くのが好きだったそうで、それでパン屋さんになりたいと思っていたそうです。また、高校生の時、友達にケーキをあげたら、小さいケーキだったのにもかかわらず家族全員で分け合って食べて、すごく喜んでくれたことがきっかけで「ケーキ屋さんになって人を喜ばせてあげたい」と思うようになりました。

フランスに通い詰めた短大時代

高校卒業後、製菓学校に行きたかった紀子さんでしたが、お母さんとの相談の結果、短大の栄養課に進学することになりました。短大では栄養の勉強をしながら、休みごとにお金を貯めて、フランスの田舎菓子を見るために、何度もフランスに一人旅をしました。
実際にフランスに足を運んでみると、フランスの風土や田舎の雰囲気がすごく良くて、少し学んだフランス語をカタコトでも喋ると、現地のおばちゃんたちが喜んでくれて、親切にしてくれたそうです。その温かい田舎の雰囲気がとてもよかったと言います。
『都会だといそいそ忙しそうに歩いているけど、田舎暮らしは忙しいけど、人の心に余裕があるというか…。』
田舎菓子を見に行ったつもりが、フランスの田舎の雰囲気の良さに感化され、田舎の良さを感じるきっかけになりました。
短大卒業後、紀子さんは夜間の製菓学校に通いながら、ケーキ屋さんでアルバイトをしました。そのお菓子屋さんはとても激務で、一番忙しい時は朝の5時から夜中の3時まで働いているようなほど忙しかったそうです。そこで10年ほど働き、販売と製造を経験します。

東日本大震災で感じた「田舎の豊かさ」

『震災の時、東京だとお水や食糧を買い込んだりしていて、必要なところに届かなかった。これは都会の人が悪いのではなく、都会の環境がそうさせていると感じた。それに比べて、震災のボランティアで出会った仙台のおじさんは、自分で作ったものを、自分が大変な状況でありながらも分け与えているという「心のゆとり」があって、田舎の方がお金では買えない「価値観」や「豊かさ」があると感じた。』
紀子さんは震災とボランティア活動を通して、お金やモノの豊かさでは測れない田舎の豊かさを感じたと言います。
先ほど出てきた仙台のおじさんは、震災が起きて大変だったはずの5月くらいに、「お米しかないから」と言ってお米を炊いてボランティアに出してくれたと言います。紀子さんにとってこの出来事はすごく印象的でした。
『食べ物作れるってすごいなって、なんか自分が大変な時にひとに分け与えられるだけの心の余裕があるっていうのはほんと素晴らしいなと思って、自分もそうなりたいなと思った。』
食べ物を作ることができること、そして食べ物を分け与えることのできる田舎の人の心のゆとりに感銘を受けました。

田舎暮らしの第一歩 ふたりの出会い

震災の後、ケーキ屋さんを辞めようと次の働き先を探していた紀子さんは、デパートでケーキを販売していた時期がありました。その時、偶然にもそこへ何年も前にケーキ屋さんを辞めていた先輩が通りかかります。そしてその先輩にマクロビオティック*1のカフェで働かないかと声をかけられ、そのご縁でそのカフェで働くことに。以前より「自然派」に興味があった紀子さんにはぴったりな場所でした。
そしてその先輩は以後、紀子さんに大きな影響を与えるキーパーソンとなります。
実は先ほどお話した震災のボランティアやチャリティーイベントへの参加したのも、その先輩が誘ってくれたことがきっかけだったそうです。

その後、震災を機に「東京じゃないな」と感じていた紀子さんは、これまでずっと暮らしていた東京を離れることを決意します。まず、田舎暮らしの第一歩を踏むため、長野の安曇野にあったシャロムヒュッテという自給自足的な宿で働きます。その宿も実はその先輩から教えてもらった場所なんだそう!文字通りのキーパーソン!
その後、知り合いのご縁で那須アワーズダイニングというレストランで働くこととなり、その時知り合いづてに知っていた福島の穀物菜食のお店、銀河のほとりで佳弘さんと出会います。そこでおふたりは意気投合し、今の素敵なご関係に至ります。



中編は以上となります!
今回の記事では、紀子さんが佳弘さんと出会って、月nocoが誕生する前までのお話をまとめさせていただきました!紀子さんのお話どれも興味深かったですね〜
その中でも幼少期の紀子さんが人見知りの殻を破ろうと頑張ったお話、印象深かったです。
大人になっても、目を背けてしまったり、改善を諦めたりしてしまいがちな自分の弱い部分を素直に受け入れて、それをなんとか克服しようと努力するその素直さと頑張る姿勢に感動しました!

そして紀子さんがフランス一人旅や東日本大震災のボランティア活動で感じた
・お金やモノの豊かさでは決して計ることのできない田舎の「心の豊かさ」
・自分の生活がどんなに大変であっても、周りのひとに食べ物や気持ちをお裾分けできる「心のゆとり」
・どんな時でも、人々の生活を支えることができる「食べ物を作る暮らし」の素晴らしさ
紀子さんのお話を聞いて、食べ物を作ることができるってすごいことなんだなと、農が生活と強く結びついた暮らしって素晴らしいなと強く感じました。私もそういう暮らしを目指したい!
また、同時に「豊かさとはなにか」を今一度考えさせられました。

お金をいっぱい持っていることが豊かなのか?モノをたくさん持っている状態を豊かというのか?便利で効率化したムダのない社会は豊かな社会といえるのか?豊かさって一体何だろう…。みなさんにとっての「豊かさ」って何ですか?(構成:西山ゼミ3年 林)

写真:西山ゼミ4年山田



次回は後編「月noco誕生から今に至るまで。そして今後の更なる展望」についてです!
月noco誕生とその名前に秘められたふたりの想い、そしてふたりが目指すこれから暮らしとは…!今回月nocoさんが出品されるお品物についての情報もあります!乞うご期待!


<参考資料>
・「マクロビオティック」について
https://chayam.co.jp/macrobiotic/
・「自然栽培」について
https://www.bayfm.co.jp/flint/20090503.html



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*1:雑穀や野菜、海藻などを中心とする日本の伝統食をベースとした食事を摂ることにより、自然と調和をとりながら、健康な暮らしを実現する考え方。

【森里インタビュー】食べ物が育てられる里山の環境と知恵を次の世代につなぐ -足るを知り、自然に沿った生き方を-【2022冬編⑥前編】

森里インタビュー企画2022冬編第6弾。
今回は初となる「雑穀農家のパンと宿 月noco」の君島佳弘(きみじまよしひろ)さんと君島紀子(のりこ)さんご夫婦へのインタビューです!
月nocoさんはパン屋さんと民宿の経営、そして「里山ごはんのがっこう」というオーガニックの農業体験イベントを行っており、『食べ物が育てられる里山の環境と知恵を次の世代につなぐ』をテーマに活動されています。月nocoを経営する佳弘さん紀子さんご夫婦は一体どんな経緯で今に至るのか。そのルーツを探るべく、おふたりの記憶を幼少期まで遡り、生い立ちからや学生時代のこと、おふたりの出会いや今の活動をするきっかけ、そしてみなさん気になるであろう「月noco」の名前の由来など、様々なお話をお聞きしました!
おふたりの過去と今をつなぐインタビュー内容になっております!ぜひご覧ください!

なお、今回の月nocoさんの記事は前中後編の3部構成となります!
前編は「佳弘(よしひろ)さん」、中編は「紀子(のりこ)さん」、後編は「おふたりの出会い、月noco誕生、名前の由来とふたりの想い、そして今後の展望」について執筆しました!
この度のオンラインマルシェ(2022年冬)に月nocoさんが出品されるお品物については後編の最後に執筆しましたので、ぜひお見逃しなく^^

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君島佳弘(きみじま よしひろ)さん
内向的で喋るのが苦手だった幼少期の佳弘さん

栃木県大田原市出身の佳弘さん。子供の頃は「内向的」な性格で、喋るのが苦手。アクティブな感じはなく、何かに深く興味を持つことはなかったそうです。また、幼少期から高校時代まではテレビゲームで遊ぶことが多く、人と関わるのが得意ではなかったと言います。
しかし、今は農業体験や民宿の経営など、「人が集まる場・交流する場をつくる側」として活動されています。ちなみに今の趣味は農作業とDIYだそう!とってもアクティブですね!
また、内向的で喋るのが苦手とおっしゃっていますが、今回のインタビューが初対面だった私をニコニコ笑顔で迎えてくださり、私たちひとりひとりにすごく興味を持ってくださいました。私たちがインタビューをしに伺ったはずなのに、逆インタビューというか、どっちのインタビューだっけ?ってなるくらいお話を楽しんでいらっしゃる様子からは全然内向的だとは思えなかったです(笑)
そんな内向的な性格の持ち主だった幼少期の佳弘さんでしたが、近所に那珂川が流れていたり、母方の実家が農家だったり、おじいちゃんが釣りをやっていたりと、幼少期から自然に触れる機会が多く、『なんとなく自然がいいな〜』という気持ちがありました。

写真を通して「食」に興味を持った専門学生時代

高校生の時、「世界のいろんな地域を見てみたい」という想いから、東京の日本写真芸術専門学校という3年制の写真の専門学校に進学し、「報道」を専攻します。もともとなんとなく「農業」や「世界の食べ物と文化」に興味があった佳弘さん。18,19歳の時に、それをテーマに撮りたいとドキュメンタリー先生に話すと、「そんな甘いこと言ってるんだったら、ちゃんと命の現場を見てこい」
と言われ、茨城と神奈川の食肉処理場に取材に行くことに。その食肉処理場の取材を通して、『豚が集められ、お肉になっていく過程を見て、初めて食べ物に関してより強い興味を持った。』と、その取材は佳弘さんが「食」について深く考えるきっかけになりました。
お肉が食べられなくなったわけではないけれど、『自分の食べているものがどこから来ているのか実感できない世の中ってなんか違うな』とゾワゾワ感じ始めたと言います。

3年生の時、学校で東南アジアやインド、チベット、中国を各自でテーマを決めて撮影して周るというカリキュラムがありました。都市部をテーマに撮影する人もいれば、各地の日本軍の痕跡を撮る人もいて、テーマが様々な中で、佳弘さんは「農業」に興味があったので、東南アジアやインドの村に行って、村の生活を撮ることにしました。現地では、牛と一緒に暮らしている家族や、病気で亡くなった子が地べたに座り、村の人たちがそれを囲んですり泣いている様子など、「生と死」の現実を目の当たりにしました。
『生と死が、生きることが、生老病死とかが日常にあるような世界がすごく魅力的に見えて…。それがきっかけで、農業に、自分で食べ物を作る暮らしに惹かれ始めた。』この経験を通して、「自分で食べ物を作る暮らし」というものに興味を持つようになりました。

農業の道へ

専門学校を卒業後、報道写真で生きていくか、それとも農業で生きていくかを悩みます。アジアやアフリカの農村を取材するにしても、現地の人の気持ちがわからないと感じた佳弘さんは、まずは現地の方々について学べる場所で勉強しようと、実家の近くの那須塩原にある「アジア学院」という学校に目をつけました。そこはアジアやアフリカの方が有機農業やコミュニティビルディングを学びにくる学校で、そこで1年間、広報やビジターさんを受け入れる仕事をボランティアとしてお手伝いをしました。アジア学院では農作業を中心とした生活をしており、その生活を撮っていく中で、写真を撮る側よりも、実際に農業をする方がかっこいいなと思ったそうです。そうして、アジア学院での経験を経て、農業で生きていく道を選択しました。
初めは、農業をするにもお金がなかったので、北海道で酪農ヘルパーという仕事をしたり、岩手県でパーマカルチャー*1や自然栽培をしている農家さんのもとで一年半ぎっしり研修したりと、お金を貯めつつ、着々と農業を学んでいきました。


『自分の食べているものがどこから来ているのか実感できない世の中ってなんか違うな』
みなさんはご自身が普段口にしている食材がどこから来ているのか、深く考えたことはありますか?
お肉のパック1つをとっても、どんな流通経路を通ってどのような加工の過程を経て、私たちの手元に調理しやすい形で届いているのか。すべてはわからないし、見ようとしても見えづらいですよね。
私も森里マルシェの生産者のみなさんからいただくお野菜以外、生産地はわかりますが、どういう栽培方法で育てられた野菜で、どんな飼育をされたにわとりが産んだ卵で、どんな飼料を食べた豚のお肉で…。そしてそれらがどこを通ってスーパーに並べられて、私たちの手元にたどり着いているのか。全然知りません。
このように、自分の口に入れるものが、謎の加工・流通ルートを通って、何も知らぬ間に口に入っているって想像すると、佳弘さんと同じく私もゾワゾワっとします。
そう考えると、生産者さんの顔が見える食材ってとてもいいですよね。
それと、顔だけじゃなくて、栽培方法や生産者さんのこだわり・想いまで聞くことができたら、「顔が見えるから安心安全だね」っていう気持ちを通り越して、「この生産者さんが育てた野菜を買いたい!」ってなると思うんですよね。
何気ない1日がちょびっとハッピーになるような「日々の楽しみをくれるもの」にもなれると思うんですよね。

この記事を通して、佳弘さんと紀子さんの顔だけじゃなくて、おふたりの為人もこだわりも想いもみんな、みなさんにお届けできたらいいな〜って思ってます^^(構成:西山ゼミ3年 林)

次回は中編「紀子(のりこ)さん」へのインタビュー記事です!

紀子さんの知られざる過去、そして隠されし幼少期の秘めたる想いが今、明かされる…!
乞うご期待!

写真:西山ゼミ4年山田<参考資料>
・「パーマカルチャー」について
https://pccj.jp/

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*1:パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、そして文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、永続可能な農業をもとに永続可能な文化、即ち、人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくためのデザイン手法のこと。

【森里インタビュー】自然に生きる~目に見える世界は自分の心の投影~【2022冬編⑤】

森里インタビュー企画2022冬編第5弾。今回は上管又地区で有機栽培を行なっている沓掛栄一(くつかけえいいち)さんにお話を伺いました。今回は前回のインタビューの際に案内してくださった畑とはまた別の、山の中にある畑へ。車に乗り、傾斜のある砂利道・山道をぐんぐん進みます。思わず、車のギアを【L】へ。なかなか使わない【L】ギアと細い山道にドキドキしながら沓掛さんの軽トラに付いて行きます。道がぱぁっと開けた先には広い土地が。車を止め、緊張した山道運転に一息つき...インタビュースタートです!!

今回は沓掛さんご自身の価値観に注目しインタビューを行いました。沓掛さんの心の中・目には何が映っているのでしょうか。

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沓掛栄一(くつかけえいいち)さん 
子どもの頃の2つの夢

 沓掛さんは子どもの頃、両極端な2つの夢があったといいます。1つ目の夢は「お金持ちになり、綺麗なお嫁さんをもらって、偉い人になること」です。2つ目の夢は「科学技術などの文明から離れたところにいたい」という思いです。自給自足願望があり「電気・ガス・水道に頼らず、山のなかで自然と一緒に暮らしていきたい」という、1つ目の夢とは相反する両極端な夢がありました。高校卒業後は1つ目の夢を叶えるために大学生と社会人の約15年間を東京で過ごし、サラリーマンとして働いていました。しかし、東京で歯車として働いていることに疑問を感じ、幼少期の頃のもう1本の夢に舵を切り替えようと判断し、15年前に茂木町で就農しました。
 また子どもの頃から、山頂からの風景や日の出見たりする際に感じるような、神の業としか思えない神秘体験を頻繁に感じていたといいます。中学生の頃にクラシックや西洋絵画に興味を持ち、電流を浴びるような、稲妻に打たれる感覚を体験しました。「世の中には目の前に見えていることだけではなくて、いろんな世界があるんだ」と考えるようになったそうです。

ズボラにやっています

沓掛さんはご自身のことを「宗教・哲学中毒」と仰います。ヘッドホンで宗教書・哲学書の朗読を聞きながら、農作業をしているそうです。『自分にとっては宗教書や哲学書を聞くことがメインで農作業は宗教修行みたいな感じ。』しかし固定したものが大嫌いで特定の信仰があるわけではありません。『単一性なものではなく多様性があるものが好き。風景でいうと、殺風景なものではなくて、山があり谷があり川がある多様な環境。』その考えは沓掛さんが有機農業を選んだ理由にも関連しています。『慣行農法は畑一面に同じ作物しかなくて、単一的で、生き物の住んでいるような雰囲気が感じられない。それが、有機農業の場合だったら少量多品目でいろんな種類の作物があって、住んでいる生物も多様になる。そういう雑多な感じが自分には合っている。』
多様性を大事にしている沓掛さんだから選んだ有機栽培。農法にも沓掛さんの個性が溢れます。『有機農業のなかにもいろんな農法があるけど、自分の性格や資質には向かなかった。』『行き着いたのは1番面倒くさくない方法。1番簡単な方法が自分のスタイル。』案内してもらった畑にはタマネギ・越冬の春キャベツ・ほうれん草・サラダほうれん草・ルッコラなどの多様な野菜が栽培されています。しかしよく見ると、畝間(うねま)に小麦が。『普通の人はこんな所に麦なんて播かない。なぜこんなところに播いているかというと、草むしりが面倒くさいから播いているんです。小麦を播いておくと、草が生えてこなくなるので手間が省ける。』『まあズボラに考えてやっています。』この小麦を植える方法はこんにゃく農家ではスタンダード。こんにゃく畑の畝間に麦を播くと病気になりにくいのです。沓掛さんはこんにゃく農家の方法を独自で真似をして始めました。ズボラだからこその、固定概念にとらわれない柔軟な発想が活きますね!!

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畝間に播いた小麦の芽
流れるままに、あるがままに

農作業をしながら宗教書や哲学書を聞き、色々調べたところ沓掛さんは「ノンデュアリティという考え方に出会いました。ノンは「~でない」、デュアルが「2つの」なのでノンデュアリティは「2つでない」という意味になります。私達は、世の中を“私とあなた”や“高い低い”と分割して考えがちですが、ノンデュアリティの考え方では“全てが私であって、私が全て”というように分け隔てがなくなっていく。全てがつながっていくことになります。起こることすべてが必然。自分がやることは全て、あらゆる事が必然的に過不足無く起こっているということになります。そのため、やる気がなくなったらそれも必然。やる気がおこったらそれも必然。波が沈もうが昇ろうが誰もコントロールできないもので、それを受け入れるしか仕方が無い。滅ぶのも、新しく生まれるのも必然。自分もそのサイクルの中のひとつである。沓掛さんの中にはそういう考えがあるようです。流れるままに、あるがままに。

沓掛さんの心(せかい)~ノンデュアリティ唯識思想~

また、ノンデュアリティとの関連で、東洋には同じことを指し示す概念として「縁起思想」や「唯識(ゆいしき)思想」があります。そのため、「縁起」や「唯識思想」という考え方にも納得しているようです。縁起や唯識思想とは、「本来、全ては関連で成り立っているために実態がなく、色即是空(しきそくぜくう)の空が物事の本質である」という考え方です。仏教ではこの空と不即不離の阿頼耶(あらや)識(しき)(個人存在の根本にある通常認識されることのない識)という万物を生み出すポテンシャルが、人間の深層心理に内在されていると考えます。そのため「世界の存在とは、人間が阿頼耶(あらや)識(しき)に内在するあらゆる可能性から自我を通して、一部を抜き出して表現した極一部の心象風景」という認識になり「現実として目に見えるものは自我というレンズを通した心の表層の投影でしかない」ということになります。つまり、現実とされているものは自我が描いた心の極一部でしかありません。しかし、心のなかには空として全てのポテンシャルが内包されているので、自我の個別幻想からその内包に自己を全てを明け渡せば、デュアルという幻想がノンデュアルにシフトする。つまり“自分は全て、全ては自分”ということになるのです。
今日、沓掛さんの目に見えている茂木の山・畑・景色は沓掛さんの心の中にあるもの。沓掛さんの工夫ある畑、美味しい有機野菜、農作業を通してつくる多様性、優しい人のつながりは、すべて沓掛さんの心のなかの投影。

なんだか少し難しい話ですが、すてきな心(せかい)。

起こることすべては必然だと考えると、なんだか少し優しくなれるような気がします。仕方の無い、自分ではどうしようもできないことってたくさんありますよね。そんな時の気持ちのクッションになるような考え方ですね。
私が森里マルシェに関わったことも必然的なのかも...。このまま身を任せて。どんな未来とつながっているのかな??(構成・写真:鈴木)



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【森里インタビュー】半農半宮司??八雲神社で工学が活きる【2022冬編④】

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八雲神社宮司 小堀真洋(こぼりまさひろ)さん

森里マルシェインタビュー企画2022年冬編第4弾。今回は茂木町八雲神社宮司を務める小堀真洋(まさひろ)さんにお話を伺いました。12月中旬、インタビュー当日の天気は雨。八雲神社に到着すると「暖房用のお茶です(笑)」と灯油ストーブの上のお鍋から出てきたのは、缶のお茶。あっったかい...。筋金入りの末端冷え性の指を温めて感覚を取り戻し、インタビュースタートです!!

茂木町八雲神社で生まれ育った小堀さん。小堀さんが宮司として八雲神社を管理するまでにはどんな過去があったのでしょうか。そして、何に向かって足を進めているのでしょうか。今回は小堀さん自身のことについてフォーカスを当ててお話を聞きました。また、今までとは一風変わった文章スタイルもお楽しみください。

小堀さんの過去

高校生の頃はロケット開発をしたかったですね。そのために理系の大学に行きました。大学生になりソトに出て初めて自分の家のこと、茂木町のこと、自分の役割について意識するようになりまして、それから神主にならなきゃなと思い始めました。うちは父も祖父も神主専業ではなかったんです。だからなにかをやりながら神主をしなくてはと思っていて、大学で理系に行ったこともあり建築の設計士を目指しました。
学生時代から神社の手伝いはしていました。高校3年生の時は小さい神社に行きご祈祷などをしていて、大学生の頃は車で1時間ぐらいで帰って来れたもんですから、秋になると七五三のご祈祷をしに毎週土日は帰ってくるという生活を送っていました。大学卒業後は建築の設計の事務所で仕事をしました。でもそうすると今度は神社の仕事ができなくなりまして。これはいかんということで会社を辞めて2002年からは神社の仕事に専念するようになりました。他には、錬心館(れんしんかん)という道場で剣道の指導を週に3回行なっています。

もともとは兼業が当たり前だった八雲神社芳賀郡内で宮司を兼業でやられている方は4分の1くらいおり、多いようです。意外な事実発覚ですね。

サツマイモを初めて作る

2014年から農業をしていて、サツマイモを作っています。道の駅もてぎの北側に近津(ちかつ)神社っていう神社があるんです。道の駅から山肌を登ってきてもらったら気持のいい場所だからいいんじゃないかと思って散策をしていたんですよ。そしたら近所のおばさんがいて、畑やってみない??と声をかけられたんです。それ以前は農業はしたことがなかったですね。何もわからない状態で初めて、その近所のおばあさんに教わりながらやりました。最初は5種類(紅はるか・紅あずま・安納芋・パープルスイートロード・太白芋)の芋を20本×5種類で100本植えました。えらく大変だと思ったね。でもたまたま上手くいったの。失敗してたら続けていなかったね。最初はすごく大っきいものができて嬉しかったんですけど、焼き芋にするならちっちゃいのが欲しい。小物を狙って、苗の植え方を調整してみたりして、いろいろ研究しています。でも、今年からは畑も増えて2000本植えましたからね。春に新聞に掲載されて、そしたら知り合いの人がうちの畑もって頼まれて(照)。

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「こんなに大っきいものができて」と最初にできたサツマイモの大きさを手で表す小堀さん

小堀さんがサツマイモを選んだ詳しいきっかけはこちらの記事から。


サツマイモの貯蔵に使っている洞窟があるんです。戦時中に大砲の加工をしていた洞窟で。戦時中の負の遺産的なものになってしまうんですけど、せっかく作られて所有地にあるので使おうかなと。洞窟の中は湿気が100%で温度は12度で一定。電気代も施設費もかからない貯蔵庫です。サツマイモは収穫してから2ヶ月ほど寝かせると甘みが出るんですね。サツマイモは秋の食べ物だけど、本当に美味しくなるのは年が明けてから。干し芋とか焼き芋にする時は砂糖も入れないから、素材の味が重要になってくるんですよね。だからサツマイモが腐らない、良い健康状態で熟成させられるのはとても有用です。
年明けにできる甘いサツマイモが、茂木の春先の物になればいいなと思っているんです。
普通は秋に食べるものだけど、茂木のサツマイモは春先が食べ頃の完熟のさつまいもですってね。売り出すときの名前も考えていたりしてね。

半農半宮司...なんて言っていいのかな??

外の空気、青空、雨とか自然が好きなので、畑に行ってやっていると楽しいんですよね。一区切りついたら、お弁当とビール買っちゃったりしてね。畑で昼寝して帰ってくるとか。農家さんに怒られちゃいますね(泣)。これをお金に換えて生活の糧にするっていうのは大変なことだなと思います。無農薬でやっていると手間はかかるし、見た目は不細工、小さいし。でも食べたら美味しい。それを慣行農業でやっている農作物と比べて売ろうと思うと大変だと思いますね。だから、“顔の見える関係”でやらないと成り立たないのかもしれないですね。野菜で見比べるんじゃなくて、これ〇〇さんが作ったから、〇〇さんの美味しかったから、みたいな感じで。私は、楽しくやらせて貰っていて申し訳ないですね(笑)。それも家内が居てくれるのでやりやすいです。

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楽しそうに話してくださる小堀さん
半農半宮司の新たな挑戦

自分で壺焼き芋をやりたいと思っています。壺焼き器を買おうと思うと1つ20万~30万くらいするんですよね。だから、私も工学・建築系なわけですから壺焼き器を自分で作ってみたんです。壺焼きでつくる焼き芋は焦げないし皮まで食べられる。ゆっくり温度を与えて1時間ぐらいすると、サツマイモのデンプンが分解されて糖に変わるんですね。電子レンジでやろうと思うと熱がすぐ加わるからデンプンはデンプンのまま。あとは、壺焼き器で熱を通す時に水蒸気でサツマイモ内の水分が抜けるんです。その分甘さとサツマイモの風味が凝縮された美味しい焼き芋に変わるんですよね。それに私のサツマイモは収穫後2ヶ月間洞窟で貯蔵されて、さらに甘みが増してる。どう、食べたくなるでしょ??

小堀さんの壺焼き芋、食べたくなりました(T-T)。
第4回森と里のつながるマルシェネットショップに出品予定です。ネットショップで焼き芋が買えるなんて、待ち遠しいですね。実は私、高校3年生の時に2018年11月の森里マルシェにお客さんとして参加していて小堀さんの焼き芋を食べたことがあったんです!!その時は対面で開催していて、八雲神社が多くの人で賑わっていました。今でも思い出すのは、小堀さんの焼き芋。2種類くらいの品種が用意されていて食べ比べができたのがとても楽しかったです。また、ロケット開発をしたいという思いで進んだ工学系の分野。壺焼き器の製作に活かされるとは。ここでも、つながりましたね。

そして今回はがっつり小堀さんのはなし言葉のみで文章を作成しました。これは聞き書き(ききがき)』といって、録音した音声を一言一句そのまま書き起こし、校正・編集しながら作りあげる手法です。話し手の人柄がダイレクトに伝わる味わい深い手法になります。この記事を読んだあなたは八雲神社に行ったことがなくても、もうすでに小堀さんの事をよく知るお知り合い・お友達...??(構成:西山ゼミ3年鈴木)

(写真:西山ゼミ4年山田)

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